今回の特別フットパス講座の参加者は、「まずは知ってみよう」
「歩いてみよう」と、誰よりも先に一歩を踏み出してくださった
人たち。天草西海岸を中心に、牛深、本渡、有明、さらには湯島
など、同じ天草といえども「初めまして」の人が集う会となりました。
そんな背景もあって、アイスブレイクを兼ねてのジェスチャーゲ
ームで生まれ月の順番に並び替え、あえてランダムなグルーピン
グに。「一言も言葉を発することなく1〜12月の誕生日順に並ぶ」
というのはなかなか面白い体験で、私も輪のなかにいましたが、
この時にぐっと距離が縮まった気がします。40代〜70代、異なる
集落の人たちが5つのグループに分かれ、いよいよ歩く時間です。
まだまだフットパスコースもない高浜集落。「右行く?左行く?」
「どの道通る?」という、歩くための道を決めることから始まる
ので、スタート時点でもう皆さんがワクワクしています。ところで
出発前、参加者全員に配られたのはこちらのカード。ネイチャー
ゲーム用の「フィールドビンゴ」のカードです。
「チクチクするもの」「ふわふわするもの」「くものす」「あり」
「きのこ」「きのみ」「とりのこえ」「たべあと」など一見、
まち歩きには関係ないようなワードが並んでいます。今回のポイン
トとなる「フットパス的歩きかた」のスイッチを入れるための策の
よう。森林インストラクターでもある井澤さんならではですね。
形や大きさの異なる自然石を積み上げた石垣が多い天草。なかには、
こんなにも巨大な岩を真ん中に据えた石垣も。上下左右は小さな石
が組み込まれ、積み上げるために持ってきたものなのか、あるいは
もともとあった岩の周りに石を積み上げていったものなのか、ああ
でもないこうでもないと議論を重ねますが、この一行の会話のなか
に正解はありません(笑)運良く持ち主に出会えれば、「この石垣
どうやって積んだんですか!?」と聞けるのですが、これだけ年代
を重ねた石垣の場合、「嫁いでくる前からあったけんですね」とか
「こまか(小さい)時からあったけん、よう登りよったね」とか。
「おいげんじさまでんだいが積んだか知らんていいよった(わが家
の祖父でも誰がつんだかわからないと言っていた)」みたいな答え
が返ってくる可能性大。たとえそうでも、「そがん昔からですか。
機械も車もなか時代によう積みはなったですねー」なんて会話がで
きるので、それはそれで面白いのです。
目的地と目的地をつなぐ「移動」や、歴史や観光スポットをめぐる
ガイド的まち歩きとは違い、「寄り道」「道草」「まわり道」が
キーワードとなるフットパス。人の営みや自然の風景のなかにある
宝に目を向けるほどに楽しめるのが特徴です。右を見たり左を見た
り、上を見たり、足元を見たりと忙しくってなかなか前には進みま
せんが(笑)視点を広げれば広げるほど、地域の人と会話をすれば
するほどに出会いが待っているのでもったいなくて急げないのです。
誰よりも楽しむための鉄則は、「気になるものを見つけたら、迷わ
ず止まること」そして「地域の人を見つけたら、迷わず聞くこと」。
わかるようでわからない方言が帰って来たら、それこそラッキー!
だって方言こそ、この地にこないと聞こえてこない、その方でない
と出せない音と文化そのものですもの。
ふと視野に入ったのは、2階建よりも高い位置に置かれた真っ赤な
鳥居。鳥居と祠の向きが違うのも気になって、「お邪魔します」と
言いながら、上がらせていただきました。
川原神社の祠に手を合わせ、道へ戻りつつ、「そういえばここ、道
だけどもしかしたら昔は川だったんですかね」なんてまた正解のない
推理を繰り広げていると、「なんしよっとなー」という声が。声の
聞こえてくる方を見上げると、2階にお父さんの姿がありました。
「この辺があまりにもきれいかけん、フットパスで歩かせてもらっ
てました。ところで川原神社って昔からあんな高いところにあるん
ですか?」
「あー、あらな、昔は下にあったとば上に持って上がったと。この
辺の家で守っとる。昔は川原っていう家も13軒ばかしあったばって
んな。今は9軒になった。平家の落人が…」
へ?平家の落人!?思わぬワードが飛び出してきてびっくり。熊本
で平家落人の里といえば、五家荘が有名ですが、そういえば先日、
龍ヶ岳の大作山でも落人伝説を聞いたところでした。高浜にも平家
落人の伝説が!?気になりすぎますが、この日はグループでのフッ
トパス体験。後ろ髪を引かれつつ、「また今度、教えて下さい」と
お願いし、この場を後にしたのです。
みんなの興味は、川原神社から眺めた向こう側の景色。松林の見
える方へ向かってみると、川のほとりにこんな素敵な場所を見つ
けました。桜の木の間に置かれたベンチ。春には満開の桜が、そ
して初夏から秋にかけ、新緑や木漏れ日、桜紅葉の屋根がこのベ
ンチを覆うのかと想像するだけで、うっとりします。
写真ではよく見えませんが、川の中州には鴨の群れやアオサギの
姿もあります。ゴホゴホと咳き込んでいるような音が、鳥の声だ
ったと知ってびっくり。そしてビンゴカードの「とりのこえ」の
穴もあきました。
松林の向こうは、約1.3キロの白砂ビーチが広がる白鶴浜。防風林
の機能も果たす松林のなかには、キャンプ場もあり、ビーチサイド
でバーベキューをした覚えがあります。あと数百メートル左へ行け
ば、河口と海がつながる場所。汽水域でもある川なので、干潮時だ
ったこのときは水かさが随分少ないのですが、「満潮になった頃が
またよかとよね。青空が映ると、もっときれいかよ」とは、お隣の
大江集落に住む元役場職員の川野さん。昔からこの風景が大好きで
今日はぜひ、ここをみんなにも見て欲しいと思っていたのだそう。
川のほとりの塀の下で、こんなお花も見つけました。「ミモザに
も似ているけれど、なんだろう?」「葉っぱが花みたいでかわい
いね」「うちの塀にも植えてみたいな、写真撮って後で調べよう」
などなど。反応もそれぞれで面白いのです。そういえば、隣の隣の
今富集落も庭木が美しい集落なのですが、熊本大学の学生さんと
地域の皆さんとでコースづくりを続けている「今富フットパス」
で出会ったお母さんから、花作りが上手な人たち同士、自慢の花
を交換したりしながら増やしているのだと聞いた覚えがあります。
ナーセリーで買った花もいいけれど、つながりのなかで彩られる
集落の風景も魅力的ですね。
高浜や大江、﨑津など、海辺のまちでは炊事場が外に置かれている
光景をよく見かけます。これは、魚をさばくためのもの。高浜の川
沿いの家の軒先でみつけた炊事場のレトロなタイルが可愛くて、覗
き込んだら、天草陶石の砥石など、いろんな素材の砥石が並んでい
ました。「包丁によって使い分けるのか!?」「漁師さん?」「い
ずれにしても、よほど料理上手なご家庭にちがいない!」と、また
も根拠のない推理を楽しんでみるのです。
とある家では、プランターの通気をよくするためなのか、かさ上
げにアワビの殻が使われていました。アワビの殻といえば、高浜
から車で15分ほどのところにある「﨑津資料館みなと屋」では、
「潜伏期のキリシタンたちが、アワビ貝の内側の螺鈿に浮かび上
がる模様を聖像に見立てるなど信心具として用いていました」な
どという注釈つきで、ガラスケースのなかに展示されてもいます。
それほどに禁教下の人々が「港町ならではの身近なものに心のよ
りどころを求めた」ということの表れだとも思いますが、ちなみ
に高浜は﨑津、今富、大江と合わせ、1805年の取り調べで多くの
潜伏キリシタンの存在が発覚した地のひとつでもあり。ところか
わればというか、時代かわれば、というか。いろんなことをひも
付けて考えてみると面白い光景がたくさんあります。
こちらは、川のほとりにあった小さな祠。背の高い青々とした
見事なシバが供えられ、何の神様?と気になって覗いてみたら
「岩岳明神」という文字が。雨上がりの朝だというのに、祠の
周りには木の葉ひとつないほどに掃き清められていて、集落の
信仰心の厚さを感じます。
この辺りは、秋から冬でも彩りがいっぱい!県央・県北エリア
でよく見かける柚子の木はありませんでしたが、その代わりに
民家の庭先や山の斜面などには大小さまざま、色とりどりの柑
橘類があちらこちらに実っています。
赤や黄色の葉っぱとともに、満開だった山茶花も少しずつ花びら
を落とし始めていました。そのバトンを受け取るように椿の蕾が
ふくらみはじめ、秋から冬へ。天草の花のリレーはつづきます。
向こうから自転車でにこやかにやってきたのは、漁業の水揚げの手
伝いをする傍らで、軒先ぶどうこと「高浜ぶどう」の栽培にも携わ
る、とらさん。「おはよう。今日はなんごとや」「フットパスです
よ。軒先ぶどうのところも歩いたら気持ちよかでしょうねー。今度
とらさんも一緒に歩きましょ」「そがんねー。せっかくだけん、ぶ
どうも外から来た人にも見てもらわんばん」。通りすがりでこんな
フランクなやりとりができるのも、このまちの魅力です。
グループといいつつも、それぞれのペースや興味で進んで行ける
のがフットパスの魅力のひとつ。ひとりで歩くよりもさらに、い
ろんな気づきの視点が増えて面白いのです。私が石垣に見とれて
いる時、「お!これは!」という声を遠くで聞き、駆け寄ってみ
ると、その視線の先にあったのは…
きのこ!!!ずっと探して見つからなかったきのこが、ようやく
見つかり、ついにフィールドビンゴもコンプリート!
コンプリートした後も、宝探しスイッチは入ったままなので、
この後、椎茸のホダ木や軒先の干し椎茸、真っ赤な実など、
いくつもの宝物を発見しました。
(その2へつづく)→◎