南天草フットパスモニターツアー。中世の山城「久玉城」と日本のだし文化を担う雑節工場が点在する久玉のまちを、あっちをキョロキョロこっちをキョロキョロ見渡しながら歩きました。スタートして2分もたたぬ間に、漁船のお父さんから獲れたてのキビナゴを山ほどいただき、びっくりするやらありがたいやら申し訳ないやら。
干拓される前の海岸線を示す、江戸時代の石垣を眺めつつ歩いていると、目の前に天体観測ルームを備えた民家が現れました。天草ってね、昼もいいけど夜がいい。街灯の少ない集落で見上げる夜空はもう、どんな有名なクリエイターが手がけたプラネタリウムよりも芸術なのです。神秘なのです。そんな空を、自宅でひとりじめできちゃうなんて、なんというロマンでしょう。もっとも、家族がいきなり自宅に観測ルームを作りたいといいだしても、はいどうぞと軽く言えるかどうかはわかりませんが(笑)
浄土真宗の「正光寺」では楼門に羽根を広げたドラゴンが出迎えてくれました。境内では、大きな大きなイチョウの木とムクロジが存在感を放っています。葉を茂らせる初夏から秋の神々しさはさらにすごそうだとか、ムクロジってあの羽根つきの羽の黒いやつですかね、だとか。ソテツの実を「初めて見た!めずらしいからいただいて帰ろう」と大切そうに拾って喜ぶ80代のおかあさんだとか。目を向ける場所もリアクションも千差万別。
ひとりで歩く気ままなフットパスも大好きですが、いろんな人の視点で切り取られる風景をともに分かち合うことで、自分だけでは気づかなかったまちの魅力に触れられるのもフットパスイベントの面白さでもあるなとつくづく思うのです。
鈴なりの晩柑で黄色く色づく山肌を眺め、春にはバラの花も咲くという路地を抜け、「久玉城跡」へ向かいます。
ここは天草に南蛮文化とキリスト教が渡来するきっかけをつくった天草五人衆のひとり、久玉氏が築いたといわれる中世の山城。一度行きたいなと思っていた城が、何度となく通っている国道沿いにあったなんて!
これまで気づかなかった自分に呆れつつも、さまざまな形の葉陰をおとす木立の中の散策でつかの間の森林浴気分を味わって、たどり着いた先の視界の広がりに、ハッ!と息を呑みました。
土塁や曲輪、石垣などが残されるのみで、城そのものの姿こそありませんが、久玉のまちと牛深の湾を一望する眺望は健在。島津藩や人吉の相良藩ともゆかりのあるこの場所が物語るものはたくさんありますが。仁王立ちで湾の向こうを眺めていると、この地のすべてを手中におさめているようで、すっかり気分は土豪です。
久玉のかつてのメインストリートへ向かう道すがら、見事な石橋に遭遇しました。長崎や上益城ではよく見かけるものの、天草ではめずらしい眼鏡橋タイプです。
傍らに佇むお堂に目をやると、真っ赤な前掛けをしたお地蔵さんがいらっしゃっいました。目にはくっきりとしたアイライン、口元にはうっすらと紅が施され、なかなか美意識高い系のお地蔵さんです。この界隈に専属のメイクさんがいらっしゃるのかしらと思うと、ちょっとクスッとなります。
挨拶に立ち寄った八幡宮では、普段見慣れたものとはタイプの違う狛犬と唐獅子に出会いました。赤、金、黒という奇抜なカラーリングもですが、そのダイナミックな顔立ちに釘付け。「南国っぽいよね」「シーサーみたい」「やっぱり琉球王国とのつながりかしら」など、由緒が書かれていないのをいいことに勝手な見解を交わし、ワイワイと歩を進めたのでした。
久玉の入江に行くかと思いきや、ひと山越えておりたった細い路地。コンクリートの上にペタペタと猫の足跡が並ぶところを見つけて大はしゃぎ。その声に何事かしらと顔を出してくれたお母さんに尋ねてみるも、いつどうやってついたのかもわからないという答え。「不思議ねー」「誰がしたっだろうか?」「道を作りってるときにたまたま猫が歩いたんじゃない」「いやさすがにこんなに濃くはつかないでしょう」と、明確な答え合わせもない議論が交わされます。そんなやりとりがまた、愉快なのです。
入り江に面した雑節工場は、お休みの日にも関わらずおいしいお出汁の香りでいっぱい。胃袋がたっぷり刺激され、熱々ごはんが恋しくなってきた頃、ようやくゴールが見えてきました。
待望の縁側カフェ!と心躍らせながら歩いていたはずなのに、ふと目に留まった花があまりにも可憐で、ちょうど作業をしていたお母さんに「かわいい!めずらしい花ですね、なんていう花ですか?」と声をかけました。「名前まじゃ知らんけど、持っていかんね」とおもむろに株を掘り返し、「こんまま植えるとどんどん広がるけん」と、まさかのお花の株分けまでいただいてしまいました。
まちの皆さんのあたたかさに恐縮しつつ、たどり着いた昼食会場にはテーブルをうめつくすほどのご馳走がいっぱい。「縁側カフェ」というよりも「みなとまちのかあちゃん食堂」と言いたくなるほどの充実っぷりです。
ちなみに朝のキビナゴは、見事な尾引(お刺身)と天ぷらに。キビナゴ寿司やあおさ汁、ボタンボウフウの白和えにみかん餅など、牛深の海と山の恵みと、つくり手のお母さんたちの笑顔とで、胸もお腹もほっかほかです。
道中でいただいたポンカン、不知火柑も含め、思いがけないお福わけもいただいてしまった「南天草フットパスモニターツアー」。人情味あふれる港町の体温にふれたようで、心が存分に満たされた1日でした。
南天草フットパスの皆さん、ご一緒させていただいた皆さん。
本当にありがとうございました。いつかまたありがとうを伝えに帰ります。