牛深のみなと文化と雑節(その2)

久玉氏が築いたといわれる中世の山城跡より、牛深の港町を一望

おいしい出汁のにおいのする港。

牛深の港に降り立つと、鼻をくすぐる「出汁のにおい」。こんなにもおいしいにおいのする港は、天草でもここだけではないでしょうか。天草最南端の牛深はまさに、日本の和食文化を五感で味わうみなとまちといっても過言ではありません。



牛深の久玉湾周辺の入江には現在も22軒の加工場が立ち並び、魚介を煮たあとに乾燥させる「煮干し」のほか、「焙乾(ばいかん/燻して乾燥させること)」の手法を用いた「節」の製造が行われています。

天草の里山里海と支え合う、牛深の雑節製造


漁法や漁場の変化とともに、原料魚の水揚げ地は幅広くなりましたが、牛深のみなと文化としての本質は変わりません。ウルメイワシやカタクチイワシ、サバやマアジ、ムロアジ、ソウダガツオなど多種多様な魚種の節がつくられ、総じて「雑節(カツオ以外の出汁素材)」と呼ばれるこれらの節は、日本一の生産量を誇ります。

目利きについて

「節」づくりの原料に用いる魚は、鮮度が良く、脂分が少ないものを選びます。脂分が多いと酸化が進みやすく、雑味の原因になって本来の香りや味わいを損ねたり、出汁の濁りの原因になることも。用いる魚を目利きするのは熟練職人の技のひとつです。

煮熟(しゃじゅく)について

生の魚を籠ごと熱湯につけ、煮る工程を「煮熟(しゃじゅく)」と呼びます。魚のサイズや季節によって、煮熟の時間は異なりますが、腐敗を抑制したり、タンパク質を凝固させることで余分な水分や臭みを取り除くと同時に旨みをとじこめるほか、乾燥させやすくする効果もあるそうです。

同じく国内有数の雑節産地でもある静岡県は真水で煮熟しますが、天草・牛深では煮熟の際、「海水炊き」と呼ばれる手法を用います。目の前のきよらかな海が保たれているからこその、製法です。

焙乾(ばいかん)について

焙乾(ばいかん)とは、煙で燻して乾燥させる作業のこと。煮熟した魚を入れた籠を焚き納屋の上部に積み重ね、下の階で薪火を焚いて煙を充満させます。熱と煙で、魚を腐敗させる菌を殺菌し、水分を蒸発させて酸化防止や防腐効果をもたらします。燻されることで節特有の香りやうまみが生まれます。

牛深では、焙乾(ばいかん)に広葉樹の薪を用います。スギやヒノキといった針葉樹の薪と比べ、広葉樹の薪はかたく、火が長持ちするのが特徴です。

横に大きく枝葉を伸ばす広葉樹は、針葉樹と比べて重心の偏りが大きく、狙った方向へ倒すことが難しいタイプの木。枝も丈夫でしなりがあるため、伐木時にかかり木が起こりやすく、伐り出すのには技と経験が必要です。



天草・牛深の界隈には、この広葉樹の薪を専門で伐り出すフォレスターが存在し、今も生業として、薪の林業をつづけています。そうしたフォレスターの山仕事が、牛深の雑節を支えているともいえるでしょう。

(その3につづく)

文責/木下真弓(だしソムリエ)


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