天草下島の西海岸側にある高浜地区(天草市高浜)。ここには、明治時代から栽培されるご当地ぶどうがあります。地元の人に「高浜ぶどう(※)」として愛されるこのぶどうは、日本を代表するワイン用ぶどうの品種として世界から注目される甲州種。明治時代に普及した原種に近く、すっきりとした酸味が特長です。
※高浜ぶどうの由来については、中国との交流の末にもたらされたという説や、国産ワインを普及させるために全国各地へ頒布された明治時代の苗が原種であるという説など、諸説あります。
5人の文豪を魅了した「高浜ぶどう」の物語
天草下島の西海岸に面した旧高浜村(現在の天草町高浜地区)でぶどうの栽培が始まったのは、明治12年頃のことです。水はけのいい砂地の土壌がぶどう栽培に適していたこともあり、明治の終わりには村の多くの家の軒先を高浜ぶどうの枝葉が覆い、涼しい木陰をつくりました。
その頃、村を訪れたのが与謝野鉄幹率いる「五足の靴」一行です。約1ヶ月にわたり九州を旅した若き文豪たちは、潜伏キリシタンの文化や異国情緒溢れる島の雰囲気に惹かれ、数々の名作を生み出しました。紀行文「五足の靴」には、当時の様子がこのように記されています。
高浜の町は
葡萄に掩(おお)はれて居る
家毎に棚がある
棚なき家は屋根に匍(は)わす
それを見て南の海の島らしい感じがした
(紀行文「五足の靴」より)
軒先ぶどうの風景で、再び旅人を出迎えたい!
明治時代までは、集落のあちらこちらで見られた“軒先ぶどう”の風景ですが、戦争や気候変化、病気などの影響でいつしか1本だけなっていました。そこで高浜地区の住民有志が立ち上がり、2009年にスタートしたのが「高浜ぶどう復活プロジェクト」。若き文豪たちを魅了した往時の風景をよみがえらせようと、樹齢60年を超える木を原木として挿し木で苗を増やし、“葡萄棚のある風景”の復活に取り組んでいます。
高浜地区と一言でいっても、海に面した地域に広がる砂地の土壌や、山手の土壌では土の特性や日照条件なども異なります。生業としてぶどう栽培に長けた農家がいるわけでもないので、土作りや剪定といった日々の手入れも、ひとつひとつのことが手探り。高浜地区振興会のなかに「高浜ぶどう班」というグループを結成し、毎月の定例会に加えて、天草地域振興局の果樹栽培のプロフェッショナルを招いた勉強会なども重ねています。
甲州種ならではの味わいと天草の高浜という地域のことを知っていただくため、2015年には商工会の支援のもと、甲州ぶどうの本場である山梨の「大和酒造」の力を借り、白ワインとスパークリングの2種の試作が始まりました。2017年から「高浜ぶどう班」の自主事業として同酒造に委託し、ワインの本格製造をスタートしました。まだまだ収量が限られているため、本数にも限りがありますが、昨年はフルーティーで繊細な香りとやわらかな酸味の感じられるワインが完成しました。
開始から10年。ついに最高収量に!
現在、高浜集落には16ヶ所約60本のぶどうの木があります。集落の少子高齢化も進むなかで、こうした取り組みを継続することは容易なことではなかったはずです。それでも、1本でも多く、1房でも多くのぶどうをつくりたい!と模索する「高浜ぶどう班」の皆さん。
彼らを突き動かすのは、懐かしい原風景を取り戻したいという思い。そして、この地ならではの風景と味覚で天草を旅する人たちを出迎え、集落に活気を呼び戻したいという熱意です。
取り組み開始から10年目となる今年は、冬の大雪でぶどう棚が壊れたり、これまでにない猛暑の影響で色づきが早くなるなど、決して恵まれた栽培条件ではありませんでした。それでも順調に糖度があがり、例年よりも約10日早く収穫期を迎えた高浜ぶどう。8月26日(日)に行われたワイン用ぶどうの収穫には、栽培を担う「高浜ぶどう班」だけでなく、高浜地区の住民など、総勢約40人が参加していました。
川沿いの家や、山付きの畑、海の家の軒先など、あちこちに点在するぶどう棚での収穫作業。この日は、高浜ぶどう復活プロジェクト市場最高となる390kgを収穫しました。大雪と酷暑のなかでの栽培に苦心していた生産者の方々も、この日ばかりはうれしそう!
参加者みんなでその喜びをわかちあう姿は、「集落に活気を」というぶどう班の皆さんの願いそのものにも思えます。高浜ぶどうの取り組みは、これからますます広がりそうな予感がしています。
なお、収穫したぶどうの大半は今年もワインになる予定。
今年はスパークリングワインを多くつくるそうです。
実は昨年。高浜ワインがどんな風に受け入れられるかを生産者の皆さんに知っていただきたい!という思いと、ワイン通の皆さんに天草の食材との相性を確かめ、ご意見をいただきたい!という思いから、昨年11月末に熊本市内の「リストランテミヤモト」様の御協力で食事会を開催していたのですが、評判も上々。
天草の魚介はもとより、豚肉や野菜などとの相性も抜群で、高浜ぶどうの栽培やワインの話だけでなく、天草の食や風景にまつわる話も弾み、風土を伝えるワインとしての価値をあらためて感じました。
さてさて。今年のワインは、どんな味わいになるのでしょうか。今年は天草の「えすぽると」さんでも新たなラインナップとして商品化が予定されているそう。ちなみに、「シマノタネ」でも今期、ワインビネガーの仕込みに挑戦中。いずれも完成をお楽しみに!
<高浜ぶどうとワインに関するお問い合わせ>
tel. 0969-42-1125(高浜地区振興会ぶどう班)
※電話受付は平日8:30~17:00