海も、森も、水を育む草原も。
ちいさな川もおおきな川も。
たくさんの生物を育む干潟も。
五感に響く風景と
あふれる生命に恵まれた熊本。
ここは、ゆたかな食とゆたかな感性を育む土地であるということを
あらためて実感した1日でした。
熊本出郷&在郷の料理人とパティシエたちがタッグを組み、初開催された「Kumamoto もったいなかレストラン」。昼の部に参加させていただきました。
序章。なのにクライマックス
今日の会場となったのは、熊本市の江津湖にほどちかい「神水茶寮」。青葉の輝きに、夏の名残りを感じます。今日は食事会の序章として、裏千家による茶席が設けられていました。
高田焼や小代焼など、県内の窯元が手掛けた茶わんでいただく薄茶のお供に添えられていたのは、天明堂の北川美子さんによるザボン漬け。これまでに味わったどのサボン漬けとも異なる奥深い味わいと食感で、“素朴な郷土菓子”というイメージだったザボン漬けの概念ががらりと変わった瞬間でした。
このひとかけらの茶菓子があまりにもすばらしく、食事会がはじまってもなお、しみじみと余韻をかみしめていたのですが。のちの説明で、美子さんはこの7月に旅立たれ、文字通り最後の一品であったことを知りました。ここ数年意識している「食を継承すること」「食を支える営みや、海山里のおいしい風景を継承すること」その意味を深く感じた瞬間でした。こうして写真と文字で振り返る今もまた、さまざまな思いが去来しつづけています。
美子さん(そして大切な一品をここに提供してくださった北川さん)、本当にありがとうございました。
本編。さざ波のように押し寄せる感謝
本編は、阿蘇・天草・人吉球磨・県南・県北・県央の海山川里の恵みをふんだんに盛り込んだコース仕立てのお料理です。私だけで留めておくのはそれこそ「もったいなか」状態になっちゃうので、せめて写真でお届けいたします。
Amuse
熊本の玉手箱 chefs All stars
Pain
玉名産小麦 有精卵 ブリオッシュ
菊池産有機小麦 ふすま入りカンパーニュ
玉名産新麦 八代産酒米白糠 フォカッチャ
Entree froide
熊本八菜とアンチョビソース
Entree chaude
天草御所浦とらふぐ ミモレットチーズ
Poisson
大矢野黄金ハモ 夏野菜
Granite
摘果不知火
不知火のなかでも糖度13度以上、酸度1%以下という基準を満たしたものだけがはじめて「デコポン」を名乗ることができます。つまり、その基準を満たすためにはかなりの割合の実を摘果する必要があるそう。そんな摘果不知火の果汁を使った冷たくてちいさなキューブは、生薬のような、生命にガツンと響く味わいでした。
Viande garniture
阿蘇産 あか牛
このトレイを見て脳裏に浮かんだのは、春の野焼き後の草原と、野焼き後に芽吹いたやわらかな草の芽を静かに食んでは寝そべる牛たちの姿でした。豊かな水を涵養し、九州の水甕的役割も果たす阿蘇の草原。ここで育つあか牛は、人と自然が調和する営みの象徴でもあると感じます。
「阿蘇の千年の営み」として毎年繰り返される野焼きは、低木の生長をおさえ、牛馬が好むイネ科の植物の成長をうながしたり、草原ならではの植物の保全にもつながっています。一部には「野焼きをすると二酸化炭素の量が増えるのでは?」という不安を唱える方もいらっしゃるようですが、野焼き後に芽吹いた若い植物は、寿命を迎えた植物よりも二酸化炭素をどんどん吸収するそう。また、野焼きで生まれた炭が土壌に蓄積することで、二酸化炭素の排出を抑える作用もある、という調査結果もあります。
Curry
熊本海山カレー
Desserts
宇城キャンベル御屠蘇
熊本の郷土の酒としても知られる赤酒は、日本古来の酒。醸造したもろみに木灰を加え、保存性を高めることから灰持酒(あくもちざけ)とも呼ばれます。熊本では毎年、お正月のお屠蘇して用いられるほか、米麹由来の濃厚な旨味や甘みは、煮物などにテリとコクをもたらし、料理酒としても重宝されています。
その2大製造元のひとつ「瑞鷹」では、醸造から一定期間を過ぎたものは出荷しないという基準があるそうで、今回はストックの中から10年貯蔵の赤酒がソースとして用いられていました。お正月の赤酒の首にぶら下げてある「屠蘇散」も同様に、次年度への繰越はできないよう。そうした現状を聞いた北川さんは普段から、熟成された屠蘇酸をフルーツの漬け込みなどに用いているそうです。泡から香るあのふくよかな香りが、屠蘇散由来のものだと知ったときの嬉しい驚きったらありませんでした!
Epilogue 木斛の木とともに
食後のコーヒーは、木斛の木を望む小部屋へ。日本コーヒー文化学会の佐野俊郎さんと赤い月珈琲のコラボによるオリジナルブレンドコーヒーが迎えてくれました。
会場となった神水茶寮は大正元年、当時の豪商水野家の邸宅として建てられた建物です。京都から職人を招いてつくられたという邸宅は、随所に希少な建材が用いられているのが特徴。昭和60年、小岱焼の再興の立役者でもある近藤治太郎さんが2年の歳月をかけてこの地へ移築し、ギャラリー兼工房として用いられていました。その後、「健軍の杜 木斛亭」という名のレストランを経て、「神水茶寮」として新たな歴史を刻み始めたのはこの夏のこと(2022年8月オープン)。移築当初からこの庭にあったという木斛の木が、その歩みを伝えてくれます。
※木斛の木は、「持つ濃く(モツコク)ということで、人情家や良縁に恵まれるなどの意味を持つ木。縁結びの木として神社の境内に植えられることも多いそうです。
Mignardises
人吉球磨 山江栗アイス
三角 黒糖ガナッシュ
おみやげ
扇子、ヤマチクの竹箸
焼き菓子
まるで、旅の余韻。
熊本県の各地で育まれた食材を用い、熊本育ちのシェフたちが手がけたプレミアムなレストラン。食べている間も、食べ終わって数時間たった今も、2022年の夏の風景が脳裏に蘇ってきます。それはまるで、旅そのもの。
普段から、季節折々の熊本県産食材に助けられているわがやですが、食べ慣れているはずの食材も、プロフェッショナルな方々の手にかかるとこんなにも素敵にアレンジされてしまうのか!と、感動もひとしおでした。
さらに、実は今回の「もったいなかレストラン」で、忘れてはいけない大切なコンセプトのひとつに「継承」というものがありました。黒いティーシャツのプロスタッフに混じり、白いコック服を身に纏っているのは、食の道を目指す若者たち。熊本の食の未来をつむぐことを目的に、県内の料理系学校で学ぶ学生たちも昼夜の二部に分かれ、スタッフの仲間入りをしていました。
学校という空間を飛び出し、社会に出ると、たいていは店や会社に属することになりますが。その手前の段階で、こんなにも幅広いジャンルの、しかもホンモノの人たちの技や心意気に一度に触れられるって、なんて貴重な経験でしょう。彼らの目に、この1日がどんな風にうつったのか。この夏休みを経て、何を思うのか。いつかぜひ、聞いてみたいところです。
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食べる人、つくる人、育む人。
それぞれにきっと
いろんな余韻をもたらしているであろう特別な1日。
海も山も、人の間でも、あちらこちらで平時とは異なる状況が巻き起こる昨今。それでもなお、たくさんの骨折りをいただき、貴重な機会をつくってくださった皆様に、心からのリスペクトと、心からの感謝を贈ります。
もったいなかレストランCarteより抜粋(以下敬称略)
中山豊光(RestaurantTOYO)、大森雄哉(ohmori)、平瀬祥子(Restaurant L’aube)、藤島将輝(フランス食堂LeBrillant)、田尻卓也(イタリア料理TRE STELLE)、落合麻希子(gingila)、松田悠祐(Picasso)、村田巧(ふく成)、北川博喜(MAISON de KITAGAWA)、馬場加奈子(DOUBLE K)、上道大吾(パンダイゴ)、森永三奈(パン教室代表)、戸川ヒロ(岳間茶寮好信楽)、木場進哉(夜香木)、荒木紗枝(スタイリング)、相藤春陽(HARUlab)、山下史(ハブクラフト)、佐野俊郎(日本コーヒー文化学会理事)、宮本健真(antica locanda MIYAMOTO)
有働ファーム(茄子/山鹿)、内田農場(米/阿蘇内牧)、青木農園(さつまいも/益城)、はらだ農園(マイクロ胡瓜など/山都)、アグリージュYAMATO(マイクロリーフ/山都)、小森ファーム(舞姫トマト/宇土)、まつもと農園(ミニトマト/宇城)、Natural Herb香草園(コリンキー/天草)、田尻智(オクラ/苓北)、真心農園(じゃがいも/植木)、遠山正治(石えび/芦北)、姫コッコ倶楽部(天草大王/天草)、ジビエファーム(猪/戸馳島)、小崎果樹園(摘果不知火/三角)、河野ぶどう園(キャンベルアーリー/宇城)、瑞鷹(酒米・屠蘇など/川尻)、三角サトウキビ保存会(黒糖/三角)、山江村(栗/球磨)、桜野園(お茶/水俣)、お茶のナカヤマ(お茶/旭志)、小山製茶(お茶/山鹿)、岳間製茶(お茶/山鹿)、JA玉名ミナミノカオリ生産部会(小麦/玉名)、熊本製粉株式会社(小麦/熊本)、障がい者支援施設高森寮(有精卵/高森)、株式会社ろのわ(小麦/旭志)、ふく成(ふぐ・鱧など/御所浦)、Tobase Labo(パッションフルーツ/戸馳島)、高田酒造場(焼酎/球磨)、天水福祉事業会(ポメロジュース/天水)、鳥飼酒造(焼酎/球磨)、寿福酒造場(焼酎/球磨)、赤い月珈琲焙煎所(珈琲/天草)、ちっこ農園(ビーツ/宇城)、光永農園(レンコン/宇城)、川田三郎果樹園(晩柑/牛深)