「天草の魚介はうまい!」とよく言われます。天草の海の豊かさの象
徴として語られることも多いのですが、実はそのおいしさは、天草の
漁業士たちの日々の手しごとの上に成り立つものであることをお気づ
きでしょうか。
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特性の異なる3つの海域(※)のなかに浮かぶ天草諸島では、季節に応
じて多種多彩な魚介類が水揚げされます。「獲る漁業」だけでなく、
「育てる漁業」も盛ん。養殖に携わる漁業士たちは毎日潮を読み、誇り
をもって「おいしい魚を育てる」ことに力を注いでいるのです。
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モイストペレットに生餌を混ぜ込むなど、魚の種類や大きさに応じた
栄養バランスを考えるだけでなく、環境や生育具合にも配慮は不可欠。
「いけすを浮かべた海域に赤潮が出ていないか」「陸上のいけすはい
い水質を保てているか」「稚魚の健康状態に問題はないか」「餌の食
べ具合はどうか」「育つスピードは適切か」「お客様のご要望を満た
す味わいに育っているか」。何万匹もの魚が泳ぐいけすを前に、漁業
士たちのまなざしは真剣です。
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天草の海と漁業士たちの日々の手しごとによって育まれた魚は、国内
各地の食卓やお店はもとより、海外のテーブルを彩ることもしばしば。
漁業が天草の主力産業であることは誰もが知るところですが、一方で
少子化や職業の多様化に伴い、担い手不足に悩む現場も増えています。
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こうした背景から、天草地区漁業士会では、次世代をになう子どもた
ちに向け、漁業士のしごとや天草の海への関心を深めてもらう試みを
行っています。地元の高校生を対象にした体験学習もそのひとつです。
天草高校倉岳校の1年生を対象に行われた体験学習にお邪魔しました。
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この日、最初の実習先は天草上島にある県の養殖漁協栖本事業所。真鯛
やブリなど、天草諸島の養殖家たちが近海で育てた魚を出荷する際のフ
ィレ加工や、養殖魚用の餌の管理・販売をしています。校舎のある倉岳
町から、船で上陸した生徒たちを待ち受けていたのは、2キロを超える
立派な真鯛。これを神経締めにする体験をするというのです。
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バシャバシャと水しぶきをあげて泳ぐの真鯛の脳天に金具を刺し
て締め、エラの膜を切って血抜き。さらに、鼻先からワイヤーを
つっこんで神経締めにするという一連の作業。指南役の漁業士さ
んは、ものの数秒でサクサクと作業を進めていきますが、初めて
の生徒たちにとっては、そう簡単なことではありません。
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血抜きをすることで魚の身に臭みが出るのを防ぎ、神経締めすること
で鮮度を保つことができるのだそう。ひとつひとつの作業が、魚の商
品価値を高めるための裏付けとなることを、言葉ではなく肌で感じと
ったのでしょう。最初はこわごわだった生徒たちの表情にも、ピリッ
と引き締まった瞬間がありました。
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生きた魚をさばいたあとは加工場を見学します。頭や内臓を切り落とし、
きれいに洗浄した後、三枚おろしにしたフィレを真空パックで仕上げる
工程。職人たちの目配りと手しごと、現代の機械の力をミックスした加
工の様子は、天草の水産漁業にたくさんの関わり方があることがうかが
えるものでもあり、生徒たちは興味深そうに眺めていました。
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座学で登場したのは、「シマアジの生ハム」「天草いぶし桜鯛」「おさ
かなドレッシング」なども手がける龍ヶ岳町の養殖家「田脇水産」の後
継者 田脇周一郎さん。長崎大学の水産学部で学んだ田脇さんは、家業を
継ぐべく、2年数ヶ月前にUターンし、養殖家としての道を歩み始めまし
た。天草の海の価値、育てる漁業のあり方や、毎日の仕事内容、漁業士
としてのやりがいなどについてお話を聴く生徒たちの表情は、真剣その
ものです。
養殖組合による実践を交えた三枚おろしのレクチャーも行われ、中骨
抜きや、皮を剥ぐ工程などに挑戦。「あれ?」「ヤバイ!」など、高
校生らしいリアクションをあげながらも、一生懸命トライし、成功し
たときのうれしそうな表情といったら!シマアジと真鯛、ブリの刺身
の試食も行われ、生徒たちはおいしそうに頬張っていました。
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実習の締めくくりは、龍ヶ岳町の近海に浮かぶ「紀勝」の真鯛養殖場
へ。春の新たな稚魚の受け入れを前に、いけすの入れ替え作業と計数
管理を行う今日。予定していた1万匹のうち、1000匹の移し替えを生
徒たちが体験しました。
タモですくい上げ、数えながら隣のいけすへ移動させていくのですが、
真鯛は眼球に傷が入っただけでも商品価値が落ちてしまうと聞き、生
徒たちの間にも緊張感が走ります。養殖いかだの上に立つのも初めて
という生徒も多く、おっかなびっくりの人もいたものの、終始真摯に
取り組む姿には、頼もしさすら感じました。
ちなみに今日の参加者16名中、魚をさばいたことのある生徒は7名。
漁業や水産加工の現場で仕事をする親御さんについて時折、フィレ加
工を手伝ったことのある生徒もいるなど、さすが海辺の学校といった
印象です。とはいえ、一度も生きた魚にさわったことのない生徒もい
たようで、貴重な経験を終えて港へ戻る生徒たちの顔は、達成感に満
ちていました。
帰りの船上で、複数の生徒さんに感想を聞いたのですが、なかでも印
象的だったのは、「生まれ育った天草のことを知りたくて、この学校
を選んだ」という女子生徒の言葉です。「倉岳校ならではの体験です
ごくおもしろかったです。ここは天草高校の分校であることもあり、
生徒数はそう多くはありません。でも、少人数だからこそ得るものが
たくさんある。先生たちはとても熱心に教えてくださるし、今日の体
験をはじめ、ほかの学校ではできない学びがいっぱいで、ますますふ
るさとが好きになりました」。
キラキラとした笑顔を浮かべ、語る彼女の言葉に、この島のちいさな
未来を見た気がしました。
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※ここでいう3つの海域とは、対馬海流が多様な回遊魚を運ぶ「東シナ
海」と、国内最大の閉鎖性海域で豊穣の海とも呼ばれる「不知火海」、
日本一の干満差で豊かな干潟を持つ「有明海」のことを指します。