処暑に入り、朝夕めっきり涼しくなってきたので、朝のプチトリップを再開しました。今日は高浜ブドウの収穫に合わせ、大江〜高浜へ。山越えルートなので、電動クロスバイクで軽快に出かけます。
毎年この時期、脳裏をよぎるのが、ガルニエ神父と高浜ぶどうの物語です。
ガルニエ神父と高浜ぶどう
江戸時代、幕府の禁教令によってきびしい弾圧が行われたキリスト教禁教期の日本。明治初期までつづく禁教下で、天草の信徒たちは、仏教徒や神道の信徒を装いながらひそかに独自に信仰を貫く「潜伏キリシタン」になりました。「島原・天草一揆」を経て、絵踏みや宗門改め(民衆の信仰する宗教を調査する制度)・仏教の布教が盛んに行われた天草。1805年、大江・今富・﨑津・高浜で5200人近くが潜伏キリシタンとして検挙されたものの、「宗門心得違い」として穏便に処理され、ことなきを得た出来事もありました。
パアテルさんと呼ばれた愛のひと
ルドヴィコ・ガルニエ
過酷な状況においてもなお、ゆるぐことのなかった信仰。明治6年にキリシタン禁制の高札が撤廃されると、天草へも外国人宣教師が派遣され、あらためてカトリックの布教が行われるようになりました。明治18年に天草へ赴任したフランス人宣教師ルドビコ・ガルニエ神父もそのひとりです。
25歳で来日し、32歳のときに「大江教会」へ赴任したガルニエ神父は、自らは質素倹約を貫きながら天草の信徒たちに尽くし、私財を投じて新たな御堂を建立しました。さらに、貧困からくる捨て子を助けるためにつくられた、「子部屋」と呼ばれる孤児院の運営を引き継ぎます。地元の信者たちから「パアテルさん」と呼ばれ、81歳で逝去するまで慕われつづけたガルニエ神父。その人柄は遠く離れた東京へも伝わり、若者たちの心を動かしました。
「五足の靴」と高浜
ガルニエ神父に出会うため、九州を訪れたのは、与謝野鉄幹率いる一行。与謝野鉄幹、北原白秋、木下杢太郎、平野万里、吉井勇です。約1ヶ月にわたり九州を旅した若き文豪たちは、潜伏キリシタンの文化や異国情緒溢れる島の雰囲気に惹かれ、数々の名作を生み出しました。紀行文「五足の靴」には、高浜にさしかかったとき(明治12年8月9日)の印象が次のように綴られています。
高浜の町は
葡萄に掩(おお)はれて居る
家毎に棚がある
棚なき家は屋根に匍(は)わす
それを見て南の海の島らしい感じがした
(紀行文「五足の靴」より)
天草下島の西海岸に面した高浜地区でぶどうの栽培が始まったのも、まさにその頃。水はけのいい砂地の土壌がぶどう栽培に適していたこともあり、明治の終わりには村の多くの家の軒先を高浜ぶどうの枝葉が覆い、涼しい木陰をつくったそうです。
5人の文豪が見た「南の海の島」
5人の若き文豪たちが見た「南の海の島」を体感したくなり、早朝の高浜のまちをポタリングしました。彼らが訪れた時期から3週間ほど遅れていますが、いくつかの民家では、軒先から庭にかけ、青々としげる葡萄の棚がありました。
実は、明治時代までは、集落のあちらこちらで見られた“軒先ぶどう”の風景。ですが、戦争や気候変化、病気などの影響で集落にあるぶどうの樹はいつしか1本だけなっていました。若き文豪たちを魅了した往時の風景をよみがえらせようと2009年、高浜地区の住民有志らよる「高浜ぶどう復活プロジェクト」がスタート。樹齢60年を超える木を原木として、挿し木で苗を増やし、民家の軒先などで“葡萄棚のある風景”の復活に取り組みはじめました。
地域の皆さんが10数年にわたり、大切に育んでこられた“軒先ぶどう”の風景。これを垣間見ることができ、歳を重ねてもお元気な姿にお目にかかることができ、それだけで、胸が熱くなりました。そしてあらためて、皆さんが地道な取り組みを続ける根っこの部分を思いました。その本質を忘れることなく大切にしていたいものだとあらためて感じた朝です。。
「今年の天草、高浜」を味わうワインへ
甲州種ならではの味わいと天草の高浜という地域のことを知っていただくため、2015年には甲州ぶどうの本場である山梨の「大和酒造」で、白ワインとスパークリングの2種の試作が始まりました。2017年からは、同酒造への委託という形でワインの本格製造がスタート。そして2021年には、「熊本ワインファーム」に製造が移行され、オレンジワインタイプ(※)のワインが造られました。
実は。今日は、2022年のワイン醸造用にブドウを収穫する日。高浜ぶどう会の皆さんをはじめ、高浜の住民や天草各地から(事前申し込みあり)、およそ50人の人が集まり、早朝からブドウの収穫が行われた日でもありました。
夏に入って雨が降らない時期がつづき、そして8月には一転、かなりの雨が降りつづいた今年。予定通りの収穫ができるのか?糖度は足りているかしら?と内心、ちょっと心配しながらうかがいました。というのも、ブドウは雨や湿度が大敵の果実。実に雨があたると病気が生じやすくなり、土中の水分が多すぎると糖度が上がりにくかったり玉割れが起こりやすくなるといわれます。栽培に携わる皆さんは例年以上に水の管理に気を配り、今日を迎えたそうですが、8月後半の晴天でどうにか糖度も上がり、ワイン用高浜ぶどうの収穫も無事に終了。過去最高の990kgが醸造を担う熊本ワインへ届けられることになりました。
昨年同様、オレンジワインの手法で造られる「高濱ワイン」。お目にかかれるのは、11月の初旬から半ばくらいになるでしょうか。ちなみに、白ブドウをつぶし、果皮や種子を除いた果汁だけを発酵させるのが白ワイン。黒ブドウの果皮を果汁と一緒に発酵し醸すのが赤ワイン。白ブドウを原材料に、赤ワインと同じ方法で醸すのがオレンジワインで、果皮にアントシアニンが含まれず、黄色色素のみが溶け出すことでオレンジがかったワインが生まれます。
甲州種の高浜ぶどう由来のワインはこれまで、フレッシュさが特徴になることが多かったのですが、昨年初めて醸されたオレンジワインは従来のものよりもコクが増している印象でした。和食との相性もいいので、天草・高浜の今年の風土を物語る「高濱ワイン」をどんな料理と合わせようか、今から楽しみでなりません。