天草下島の南西部、深く入り組んだ羊角湾のほとり。入江の奥に広がる山手の農村集落が今富(いまとみ)地区、海岸線に密集した漁村が﨑津集落です。海と山の営みが支え合うふたつの集落は、2016年に国の「重要文化的景観」に指定され、2018年に「ユネスコ世界文化遺産」の構成資産のひとつに認定されました。
さらに2022年10月、このまちの営みに新たな賞が贈られました。「グッドデザイン ・ベスト100」。グッドデザイン賞とは、公益財団法人日本デザイン振興会が運営するもので、日本で唯一の総合的なデザイン賞ともいわれます。なかでも、審査委員会で特に高い評価を得た100件に贈られるのが「グッドデザイン ・ベスト100」です。
◉天草市﨑津・今富の重要文化的景観について
人々が生活のために自然に働きかけて形成された昔ながらの農村・山村などの景観を、次世代に残すべき貴重な文化財であるとする考えかた。日本にキリスト教が伝来し、伝来・弾圧・潜伏・復活へとうつろうなかで、﨑津・今富地区は「潜伏期に土着の文化と相まって独自の信仰がつづけられた」貴重な場所であるとして注目されるようになりました。2011年2月に「天草市﨑津の漁村景観」が選定され、2012年に今富地区が追加されたことで、「天草市﨑津・今富の文化的景観」として国の重要文化的景観に選定。これは、漁村としての選定は初めてのことでした。また、これを機に、﨑津と今富ではそれぞれに町の景観や営みの保存計画が策定され、文化を次代へつなぐための取り組みが続けられています。
◉世界文化遺産「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」について
戦国時代にイエズス会によってキリスト教が布教され、華やかな西洋文化に彩られた長崎と天草地方。その後、江戸幕府によって行われた250年近くにおよぶ厳しい禁教政策のなかで、キリシタンたちは表面上は仏教徒や神社の氏子を装いつつ、キリスト教信仰をつづける「潜伏キリシタン」となりました。その信仰は少しずつ形を変えながらも親から子へ、子から孫へと受け継がれていきました。2018年7月、﨑津集落は「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の12の構成資産のひとつとして世界文化遺産に登録が決定したのは2018年7月のことです。入江の集落を見守る神社や、アワビの貝殻、マリア観音といった信心具はどれも、この地が独自に歩んだ祈りの歴史を伝えてくれます。
◉グッドデザイン賞ベスト100「﨑津・今富の文化的景観整備」について
グッドデザイン賞は、デザインの優劣を競う制度ではなく、審査を通じて新たな「発見」をし、Gマークとともに社会と「共有」することで、次なる「創造」へ繋げていく仕組みです。応募総数5715点のうち、2022年のグッドデザイン賞を受賞したのは1560点。なかでも特に高い評価を得た100件に贈られるのが「グッドデザイン ・ベスト100」です。「国の重要文化的景観や世界遺産に登録されている漁村と山村の集落景観を守り育むため、住民、自治体、有識者、設計者等が集い12年の歳月をかけて積み重ねてきた議論の延長線上に、この風景が維持されている。高齢化が進む集落にあって、地場の産業と観光のバランスを見据えた将来構想の立案や、沿岸部の高潮被害や山間部の土砂災害リスクから暮らしを守るための公共事業と景観デザインの見極めなど、委員会で議論され実践された成果の中にこの国が取り組むべき未来がある。日本が失ってはならない人と自然の営みに寄り添い続ける有識者の凄みを前に、若輩者はただただ頭を垂れるのみである」という審査員の評価が、そのデザインの価値を物語っています。
3つの称号に共通するのは、特定のデザイナーや特定の誰かに贈られたものではなく、悠久のときを超えて育まれた「文化」に対して贈られたものであるという点。そして、﨑津・今富地区にある文化は、天草諸島のたくさんの沿岸域や中山間地に共通するものでもあります。一朝一夕にはつくれない、人と自然と時が織りなす価値が数多ある天草。それぞれの足元や故郷にある「守りつぎたい遺産」について、いま一度、見つめ直してみたいものです。