蒸散と吸収

じめっとして獣のにおいが漂っていた木立も、さしこむこもれびと関わる人たちの想いでこんなふうに変わっていくんだなと実感した広葉樹の森。針葉樹と違って四方八方に広がる梢はバランスが読みにくいし、かかり木上等!みたいなところもあっていろんなことが初めてづくしだったけど、その分、息吹にふれる感覚が大きくて。虻や蚊や、ときには蜂やたくさん足のある生きものにもドキドキしたけど、結局はずっと癒されっぱなしでした。

都市の暮らしは簡便だけど、水の行き場のわからぬ不安やモヤモヤがすごくって、それそのものがフェイクみたい。五感で得られる「あたりまえの営み」の変化や違いが、昨今の社会問題にもつながっているんじゃないかって思ったりもしていたこの頃。

こもれびのやさしさやぬくもりが、子どもやかつて子どもだった人たちの心を潤してくれることを願い、森とひとといきもののつながりを育むことをイメージしながら、天草の島ぐらしの師匠たちに倣った日々はとにかく幸福感に満ちていて。ちょうど同時期に重なっていた大量の事務&対話作業の思うようにならない感を、うまく調和してくれた気がします。

一旦、森林施業は昨日で完了したけれど。9月に伐った木の切り株はあちこちにたくさんの萌芽が見られ、次代の森のかがやきを予感させてくれました。ここからこの森が、どんな場や機会をつくっていけるのか。つかず離れずの距離感で、見守らせていただけたらうれしいな。

この場所をわかちあえる時期が来たら、またお知らせさせていただきます。